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大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)50号の4 判決 1974年4月30日

原告 畠外次

被告 生野税務署長 外一名

訴訟代理人 岡本拓 外六名

主文

一  被告生野税務署長が原告に対し昭和四〇年七月一〇日付でした、原告の昭和三八年分所得税の総所得金額を金八八二、〇〇〇円(異議決定により一部取消された後の金額)とする更正処分のうち、金八二九、〇二八円をこえる部分を取消す。

二  原告の被告生野税務署長に対するその余の請求および被告大阪国税局長に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告生野税務署長との間においては、原告に生じた費用の一〇分の一を同被告の負担、その余は原告の負担とし、原告と被告大阪国税局長との間においては全部原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  まず被告署長の更正処分について判断する。

1  収入金額について

(一)  <証拠省略>によれば、原告は営業収入を明らかにする帳簿を備えず、生野税務署員が昭和四〇年六、七月頃、原告方にのぞんで調査を行なつた際にも何ら具体的た応答をしていないことが認められるから、その営業収入につき実額を把握することができず、推計によりこれを算定する必要があつたことは明らかであり、被告署長の主張する銀行預金の入金状況から収入金額を推計するやり方は、営業収入以外の預金源にもとづくと考えられるものを排除する操作を誤らないかぎり、一つの合理的な方法として是認することができる。

(二)  <証拠省略>を総合すると、原告の昭和三八、三九年における大阪信用金庫今里支店の普通預金入金額(利息を除く)、積立預金入金額(前同)および前者から後者へ振替えられた額は別紙第二表および第三表の各一1ないし3記載のとおりであることが認められる。

(三)  原告は、右両年の普通預金入金中九口につき、これが営業収入であることを否定するが、この主張は以下に述べる理由により採用できない。

(1)  昭和三八年三月二五日、一一月三〇日、一二月七日の各金五〇、〇〇〇円について、原告はこれらは顧客から文化住宅の保証金として預つたものを預金したもので収入金ではないと述べているが、その預け主を明らかにしえないのみならず、そのような性質の短期の預り金(原告本人の供述によれば、各数目後に引き出し返金したという)をその都度自己の預金口座に入金すること自体いささか不自然であり、たやすく信用しがたいものがある。

(2)  昭和三八年一二月五日の金一五〇、〇〇〇円について、原告は、妻の経営する美容院の設備をとりかえる資金とするため一たん預金を引き出したが、それを見合わせて二日後に再び入金したものであると供述する。しかし、設備改善をするにしてはその時期が美容院にとつて繁忙期の年末押し迫つてからである点が奇異の感を免れず、しかも払出の二日後に予定を変更して再び入金するというのはいかにも無計画でありすぎることからして、原告の右供述は容易に信用しがたい。

(3)  昭和三九年二月一八日の金三〇〇、〇〇〇円について、原告は本訴に先だつ審査請求の段階では、担当協議官に対し、右金員は分林彦三郎からの借用金であり、三月二八日にこれを返済したと述べ<証拠省略>、本訴においても同旨の主張をしていたところ、証人分林彦三郎は、原告の伸介で家屋を買うにつきその手付金とする趣旨で原告に金三〇〇、〇〇〇円を預けたものであると証言し、原告自身もまた、右金員は借用金でなく預り金であつたと供述をひるがえすに至つたが、かかる供述の変遷もさることながら、顧客から預つた手付金を自己の普通預金に入金して四〇日間も放置するというのは尋常ではなく、いかにも奇妙なことであり、証人分林と原告本人の供述の信用性には多大の疑問がある。

(4)  昭和三九年四月二〇日、一二月一四日、同月一五日の計金六七〇、〇〇〇円について、原告は分林彦三郎から取立依頼をうけた手形の入金であると供述し、証人分林もこれに副う証言をしているが、原告は審査請求段階では、かかる預り金の明細については記録も記憶もないとして全く答えていない<証拠省略>のに、本訴になつて卒然として日付金額を特定してこれを述べるに至つたこと自体不可解であり、証人分林の証言もあいまいな点があるのみならず、ことに原告に取立を依頼するようになつた動機についての供述は理解しがたいものがあり、他に原告の言い分を裏付けるような資料もないので、この点に関する原告本人および証人分林の供述もにわかに信用できない。

(5)  これを要するに、普通預金の入金中には収入金でないものがあるとする原告の主張に副う証人分林および原告本人の各供述は、その各個の項目を遂一検討してみると、いずれも看過しえない数々の疑問があり、全体としてとうてい信用に値しないものというほかはなく、第二表および第三表の各一1の普通預金入金額はすべて営業収入であると推認するのが相当である。

(四)  積立預金の入金額中、普通預金からの振替額を差引いた残額は、昭和三八年分が金九六、九六〇円、昭和三九年分が金二四二、四〇〇円であり、これらも原告の営業収入を預金源としているものと認めて収入金額に加算することも一応理由があるようにみえる。しかし原告は、これらの大部分は普通預金の払出金や手もとの小口収入金、さらに場合によつては妻の収入金などを振込んだものであるといい、実際上そのようなことも十分ありうるところと考えられ、その可能性を否定するだけの的確な資料はなく、そうだとすると、右積立預金を独立の収入金とみれば二重計上になるから、積立預金額を収入金額推計の基礎とすることは相当でないといわなければならない。

(五)  昭和三八年の小口収入金一〇〇、〇〇〇円、同三九年の小口収入金二〇〇、〇〇〇円および家賃収入金一八、〇〇〇円は、当事者間に争いがない。

被告は三九年分につきさらに預金入金外収入金一七、〇〇〇円を主張するが、右小口収入金および家賃収入金以外にそのような収入があつたと認めうる証拠はない。

(六)  以上を合計すると、昭和三八年の収入金額は金一、六一三、二六三円、同三九年のそれは、金二、四〇一、四九六円となる。

2  必要経費について

(一)  旅費通信費 旅費通信費については、両年分とも被告の主張額であることを認めるに足る証拠がなく、原告主張額を承認するほかはない。

(二)  修繕費

<証拠省略>によれば、原告が株式会社井田モータースに支払つた修繕費は、昭和三八年分金一九、二七〇円、同三九年分金九二、五六〇円(<証拠省略>に合計額金八、四八六〇円とあるのは違算)であることが認められる。

(三)  消耗品費

<証拠省略>によれば、原告が三油物産株式会社今里給油所に支払つたガソリン代は、昭和三八年分金七一、三九七円、同三九年分金一四四、〇三六円(三八年分は三月から一〇月、三九年分は四月から一二月までの支払実額をもとにしてそれぞれ平均月額を算出し、年間支払総額を推計したもの)であると認められる。これ以外の消耗品費の支出を認めうる的確な証拠はない。

(四)  減価償却費

減価償却資産である自動車(ヒルマン)は原告が交換により取得したものであることは、当事者間に争いがない。

交換により取得した資産(以下取得資産という)につき減価償却を行なう場合において、その取得価額は取得資産の交換時における価額(それを事業の用に供するために直接要した費用を含む)であると解すべきである(旧法人税法施行規則二一条の七参照、所得税についても同じと解するのが相当)。ところで<証拠省略>には、取得資産たる自動車の交換時における査定額は金一五〇、〇〇〇円であるとの記載があるが、原告本人尋問の結果によると、これは自動車会社が下取りのために査定した金額であることが認められ、かかる査定額は必ずしもその自動車の時価を正確にあらわしているものとはいいがたい。そして他に的確な資料のない本件においては、取得資産の対価として交換譲渡した資産(以下譲渡資産という)の交換時における償却残額をもつて、取得資産の交換時の価額と解するほかはない。

<証拠省略>によると、譲渡資産たる自動車は、昭和三五年頃新車価額一、〇六〇、〇〇〇円で取得し、交換時までに約二年を経過していたものと認められるので、残存割合一〇〇分の一〇、定額法による償却率〇・一六六(耐用年数六年、昭和二六年大蔵省令第五〇号の別表第一の自動車の項参照)として、次の算式により計算すると、譲渡資産の交換時の償却残額は金七四三、二七二円であり、これが取得資産たる自動車の取得価額となるものと認むべきである。

1,060,000×(1-0.1)×0.166×2 = 316,728

1,060,000-316,728 = 743,272

よつて取得資産たる自動車(<証拠省略>によれば、これは一九五九年式ヒルマンである)につき、右に認定した取得価額により係争各年の償却費を求めると、次の算式により、年額一一一、〇四五円となる。

743,272×(1-0.1)×0.166 = 111,045

(五)  諸会喪

原告は諸会費として昭和三八、三九年とも各金三六、〇〇〇円の支出を主張しているが、<証拠省略>によれば、原告は東大阪不動産取引業組合および大阪府宅地建物取引業協会生野区支部の各会費ならびに大阪商報社(業界紙)の費用として両年ともこれを上回る額を支払つていることが認められるので、原告主張額を必要経費に計上すべきである。

(六)  雇人費

<証拠省略>によれば、昭和三八年分の雇人費は金二八八、〇〇〇円(岡平静子分一〇八、〇〇〇円、黒田健作分一八〇、〇〇〇円)であることが認められる。

(七)  支払利子

<証拠省略>によれば、昭和三八、三九年の支払利子(大阪信用金庫分)の額は被告主張のとおりであることが認められる。

(八)  必要経費中、右に挙げたもののほかは、すべて当事者間に争いがない。

(九)  よつて必要経費の合計額は、昭和三八年金七八四、二三五円、同三九年金八九九、五二二円となる。

3  そうすると、原告の総所得金額は昭利三八年分は金八二九、〇二八円、同三九年分は金一、五〇一、九七四円となること計数上明らかであり、昭和三八年分の更正は右に認定した金額をこえる限度で違法であるが、昭和三九年分の更正は何ら違法はないこととなる。

三  つぎに被告局長の裁決について判断する。

1  訴の利益について

被告局長は、処分取消請求が棄却されるべきときは、裁決取消を求める利益がないと主張するが、処分取消請求棄却の判決には関係行政庁に対する拘束力はなく、またそれは当該処分による法律関係自体を確定するものでもないから、裁決に固有の瑕疵があつて裁決が取消され、審査庁があらためて裁決をする場合に、原処分を取消しあるいは変更することが(実際上は稀であるとしても)全くないとはいいきれない。したがつて、処分取消請求は理由がないときでも、なお裁決の取消を求める訴の利益を否定することはできないと解すべきである。

2  弁明書について

被告局長が被告署長に対し弁明書の提出を求めなかつたことは、被告局長の自認するところである。しかし審査手続に関して現行の国税通則法九三条のような規定のなかつた本件裁決当時においては、審査庁が処分庁に対し行政不服審査法二二条により弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の裁量に委ねられていたと解すべきであり、本件において被告局長が弁明書の提出を求めなかつたことが、裁量権の範囲の逸脱ないし裁量権の濫用であると認むべき何らの事由もない。

3  書類閲覧請求について

被告局長が原告の書類閲覧請求に対し原告主張の四通の書類につき閲覧を許可しただけであることは、当事者間に争いがない。しかし<証拠省略>によれば、それ以外に原処分庁から所得調査書の如きものは提出されていないことが明らかであり、被告局長としては原処分庁に不提出書類の提出を要求して原告に閲覧させるべき義務はないし、また審査庁担当官の調査メモは「処分庁から提出された書類その他の物件」にあたらず、閲覧請求の対象とはならない。したがつてこの点に関しても違法はない。

4  裁決の理由付記について

審査請求に対する裁決に理由付記が必要とされるのは、裁決庁の判断を慎重ならしめ、その恣意を抑制するとともに、審査請求人の不服の事由に対する判断を明確ならしめる趣旨に出たものであるが、その付記の程度は、不服の事由との関連において具体的事案に即して決せられるべきものである。

<証拠省略>によれば、本件裁決書には、審査請求棄却の理山として、審査請求人たる原告は記帳も原始記録の保存もしていないので、収入金額については大阪信用金庫今里支店の普通預金入金額等に請求人の申し立てた現金収入を加算した額により、必要経費については当局の調査および請求人の申立により、それぞれ算定して収支計算をしたところ、原処分の所得金額を上回つた旨が記載されているにとどまり、収入および経費の金額は記載されていない(金額の記載がないことは争いがない)のであつて、原処分を正当として維持した理由の説示としてはやや抽象的で簡略に過ぎ、具体性に欠けるうらみがないではない。しかしこれは、原告の審査請求の理由自体が異議決定額は過大で不当であるというだけの概括的なものであつたこと<証拠省略>、右裁決は、原告が更正処分取消訴訟を提起し、処分庁側が原告の所得金額につきその計算の根拠を具体的に明らかにした後になつてなされたものであることなどの事情があつたことを考慮すべきであり、そのような事情のもとでは、右付記理由は必ずしも十分なものとはいえないまでも、未だ裁決を違法ならしめるほどの瑕疵あるものではないと解すべきである。

四  以上説示したところによれば、原告の本訴請求は、昭和三八年分の更正処分取消請求のうち総所得金額八二九、〇二八円をこえる部分についてのみ理由があるから、その限度でこれを認容し、その余の請求はすべて失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下出義明 藤井正雄 石井彦壽)

第一表~第三表<省略>

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